靴職人 荒井弘史の靴づくり02|変化こそ靴の魅力。「研究者」として革と靴と向き合う靴職人の哲学とは。

靴職人 荒井弘史の靴づくり02|変化こそ靴の魅力。「研究者」として革と靴と向き合う靴職人の哲学とは。 - wjk

「変わらない本物」を追求するwjkの靴づくりを支える靴職人の荒井弘史さん。今回は荒井さん自身の靴づくりへの想いや、「本当に良い革靴だけが持つ2つの魅力」についてなど、これまでの靴の概念が変わってしまうようなお話を伺いました。


 結果として選び取った靴職人としての道

元々靴や服が好きでものづくりを学びはじめる人が多い中で、荒井さんは一風変わったきっかけで靴職人の道を選んだのだそう。

元々工学部で学び、日立製作所の工場が多く立ち並ぶ地元の茨城県日立市で就職を考えていた荒井さんですが、学びを深めるうちに「ただ科学が進歩するだけでよいのか」「便利さの追求だけが価値ではないはず」という思いが募ったと言います。

 

ものが大量につくられ簡単に使い捨てられることへの違和感と、「自分はむしろ使うほどに魅力の増すなにかをつくりたい」という想いから、最終的に選び取ったのが今の靴職人としての仕事でした。

「靴は新品が一番かっこ悪いんですよ。使ったら使っただけかっこよくなる」と話す荒井さんの元には、本物の靴の魅力を知るメーカーからの依頼や個人客からのオーダーが多く寄せられています。

 

「靴は『革が化ける』と書くでしょ? まさに靴は革が化けたモンスターだと思っていて。革は生きものと言うけれど本当にその通りで、修理すれば生き続けるし、履くほどに馴染んでどんどん変化していく」

 

 

「研究者」として向き合う靴

 

荒井さんは靴の経年変化に対しても独自の哲学を持ち、さまざまな研究をしています。「汚れの定義とはなにか?」「汚れと味のちがいはなにか?」という問いから、あえて完成した靴に白い絵の具を掠れた風合いでつけた作品も。この表現はwjkが今季リリースしているレザーシューズにも採用しています。

 

military ankle boots

 

「そもそも本物の革靴は履くうちに汚れても擦れた部分が光りを帯びて風合いや魅力になっていくもの。でも合皮は新品が一番綺麗な状態で、履いただけ禿げたりボロくなるだけで直すのにも限界がある。2〜3年で捨てられることを前提に生まれてきているんですよね」

中には上質な素材をなるべく無駄がないように使いたいという想いから生まれた作品も。そのひとつが、紙の張り子のような小さい革のパーツでできた靴。このパーツは靴づくりの際に出た端材を再利用することで表現されています。

 

(レンガのように小さなパーツを縫い合わせたもの。足首の可動部分が柔らかくなる役割も)

 

(つま先部分に漉いた薄い革の端材を張り合わせ削ったものは独特の風合いに)

 

「毎回大量に出る端材をどうにかできないかというのと、傷みやすい箇所だけ修理できたらさらに良いなと思ったのがきっかけ。それに革だって元は皮膚だから。皮膚の再生医療のように部分的に蘇らせるリペアがあっても良いなと思って」

この表現に至るまでには、端材でキーホルダーをつくってみたりさまざまな試行錯誤があったそう。「でもキーホルダーとか別に欲しくない人の方が多いでしょ。もっと本質的な方法で無駄のない靴づくりを考えたかった。料理だって魚が一匹あったら身は刺身にして、頭や骨は汁物にして…と考えて料理をする。靴だって同じように考えられるはず」

 

自身のデザイン事務所、「荒井弘史靴研究所」という名前にも荒井さんならではの哲学が込められています。「服も靴も、自然にある植物や動物を素材としてできていて、ただ靴をつくるだけじゃなくもっとその素材のことを研究しなければならないし、荒井弘史靴 "研究所" と名乗っているんです」

日本ではまだまだ「革の履き物」の歴史は浅く、現状の靴は西洋の真似にすぎないと言う荒井さん。研究者の視点で「靴」という存在を捉え直し、独自の履き物をつくっていきたいという想いが根底にあるのだそう。

 

(アトリエには牛革や馬革だけでなく鹿やアザラシ、爬虫類や象までさまざまな革がずらりと並ぶ)



本当に良い革靴だけが持つ2つの魅力

靴には何百年も変わらずに革素材が使われており、それには多くの理由がありますが、実は多くの方はその本当の魅力を実感できない靴を履いていると話す荒井さん。本当に良い革靴には2つのメリットがあると言います。


本物の革靴の魅力❶「可塑性」

 

革という素材は履くうちに汗などの湿気で革の繊維が柔らかくなり、その人の足の形に近づき馴染んでいくことが履きやすさに繋がります。形が変わり元に戻らない性質を「塑性(そせい)」、形が変わらずに元に戻る性質を「弾性(弾性)」と言いますが、ただ柔らかければ良い靴という訳ではありません。良い革靴には程よい可塑性があり、足に馴染みながらも長い年月履き続けられるだけの硬さや強度も必要になります。

革を見極め、その靴に適した可塑性を有した靴こそが、本物の革靴であると言えます。

 

 

本物の革靴の魅力❷「吸水性」

 

意外に思う方も多いかもしれませんが革靴は本来、汗を吸い取って蒸れを防いでくれる「快適な履き物」です。伸縮して足に馴染むまでの過程にも、汗によって程よい水分を含んだ状態で歩くことが必要になります。

しかし、一般に流通している多くの革靴は外側は本革でも内側が合皮でできていたり、革をコーティングしているためにこのメリットを感じられないことがほとんどです。「革靴は蒸れる」のではなく、その加工方法によって「蒸れる靴になってしまっている」のが事実です。

 

(「ShoeCare&ShoeOrderRoom FANS.」に並ぶ荒井さんの作品)

 

蒸れずに履ける革靴の方が当然需要がありそうですが、そこで障壁になるのが流通の問題だと言います。多くのメーカーや販売店ではクレームを防ぐために商品の質を均一化し、傷や個体差のあるもの、汚れやすいものなどを扱いません。そのため、実際には使い手にとって良い商品でも手に届く前にふるいにかけられてしまう。


だからこそ、wjkはその本物が持つ魅力の本質をきちんと理解し、伝えることが重要だと考えています。売り手も買い手も、その理由と魅力を理解して良いものが長く使い続けられるように。

 

 

つくるだけではなく、その価値を伝えていくこと

「本当に良い靴は実際に値段も高いし、何年も履かないと本当の魅力がわからない。だから本物の革靴の良さを知ってもらうのには時間もお金もかかるんですよね。それでも、少しでも鍵を開けて戸を開いていくような行動はしていかなければと思う」と荒井さん。

 

 「悔しいなと思うのは、時計なんかは靴よりもものすごく高い値段で売れる上に中古でも高い値段で取引される。靴もヴィンテージ品も一部取引きされるけど、基本的には買って履いている本人の足に馴染んでいくことで価値が増していくもので、それを他者に譲ってもその魅力を本当には感じられない」

「でもだからこそ、時計にはない「体感」としての価値や履き続ける喜びがあるのだと思います。靴にしかない「変化するからこその価値」を伝えていけたら」


 

wjkの靴づくりを支える荒井さんの哲学にはwjkの信念と通じるものがあると同時に、改めて本物を追求することの難しさと、その魅力や醍醐味を感じさせられます。

 

荒井さんが手がけるwjkの靴づくりについてはこちらの記事をご覧ください。

靴職人 荒井弘史の靴づくり01|伝統製法の本質を守り、これからのwjkの靴づくりを考える

 

  

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wjkのルーツであるCDIEMの代表的なモデルS52を彷彿とさせる特徴的なトゥボリュームで仕上げた5ホールのアンクルブーツ。